「スマホのゲーム課金、もっと安くならないの?」
「使いたいアプリが、なぜか公式ストアでしか見つからない…」
実は、あなたが毎日目にしているアプリやサービスは、ごく少数の巨大企業によってコントロールされてきました。
まるで一つの国が、すべての交通ルールやお店の場所を決めているようなもの。
どの道を通れるか、どこで買い物できるかは、その国の意向ひとつで決まってしまうのです。
しかし今、日本でその国のルールが大きく書き換えられようとしています。
それが「スマホソフトウェア競争促進法」
施行されれば、あなたのアプリ選びや課金方法は劇的に変わるかもしれません。
ポイント 1. — なぜ今この法律が必要なのか
スマートフォンは、私たちの生活の中心的な情報端末になっています。
メッセージのやりとりから決済、ニュース閲覧、健康管理まで、そのすべてを支えるのがモバイルOSやアプリストア、ブラウザ、検索エンジンといった基盤ソフトウェアです。
しかし、これらの基盤は世界でもごく少数の巨大事業者によって提供され、その事業者が自社のサービスを優遇したり、競合アプリや代替課金手段を排除したりする可能性が指摘されてきました。
欧州連合(EU)の「デジタル市場法(DMA)」や米国の反トラスト訴訟に呼応する形で、日本でもこの分野の競争ルールが見直され、2024年6月12日に「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律(令和6年法律第58号)」が成立しました。
この法律はプラットフォーマー規制の一種で、公正取引委員会(JFTC)が中心となって執行します。
目的は単に価格競争を促すだけでなく、消費者の選択肢を広げ、イノベーションを妨げない市場構造を作ることです。
ポイント 2. 法律の正式名称と施行スケジュール
正式名称
スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律(令和6年法律第58号)
通称
「スマホソフトウェア競争促進法」または「スマホ競争促進法」
成立日
2024年6月12日
公布日
2024年6月19日
全面施行日
2025年12月18日(令和7年12月18日)
このスケジュールから逆算すると、事業者は施行までにおよそ1年半の準備期間があります。
ただし、この間に政省令やガイドラインが順次確定していくため、対応は前倒しで進める必要があります。
ポイント 3. 対象範囲 — 「特定ソフトウェア」とは何か
法律で規定される「特定ソフトウェア」とは、スマートフォンにおいて広く利用される基盤的なソフトウェアを指します。
その種類は以下のとおりです。
モバイルOS(例:iOS、Android)
アプリストア(例:App Store、Google Play)
ブラウザ(例:Safari、Chrome)
検索エンジン(例:Google検索、Bing)
その他、政令で定めるもの
ポイントは、この法律はアプリ開発者や小規模ベンダーそのものを直接規制対象にするわけではないということです。
規制の直接対象は後述する「指定事業者」です。
ポイント 4. 指定事業者 — 誰が規制対象になるのか
公正取引委員会(JFTC)が、以下の要素を基に一定規模以上の事業者を「指定事業者」として指定します。
- 提供する特定ソフトウェアの利用者数や市場シェア
- 国内外の事業規模
- 市場への影響力
現時点では日本での指定事業者はまだ確定していません。
しかし、欧州の同様の規制であるデジタル市場法(DMA)では、次のような企業が「ゲートキーパー」として指定されています。
- Google(Alphabet)
- Apple
- Meta(Facebook)
- Amazon
- Microsoft
- ByteDance(TikTok)
- Booking.com
日本でも、これらと同等の世界的巨大プラットフォーマーが対象になる可能性が高いと見られています。
ポイント 5. 主な禁止事項・遵守事項
JFTCが公表したガイドライン案によると、指定事業者は以下のような行為を禁止されます。
主な禁止事項
自社優遇の禁止(セルフプリファレンス)
- 例1:特定のスマホで、自社製ブラウザが他のブラウザよりも圧倒的に速く開くようにOSが設定されている
- 例2:アプリストアの検索結果で、自社アプリが不自然に上位表示され、競合アプリが見つかりにくい状態になる
- 例3:地図アプリを開くリンクが、常に自社製アプリだけで開くようになっている
代替アプリストアの不当阻害禁止
- 例1:他社製のアプリストアをインストールしようとすると、警告メッセージが何度も出て利用を断念させる
- 例2:代替ストアから入れたアプリが、OSのアップデート後に動かなくなるような仕様変更を行う
代替決済の不当制限禁止
- 例1:アプリ内で自社の決済システム以外を利用できないようにして、手数料を強制的に課す
- 例2:外部決済へのリンクを貼るとアプリ審査でリジェクトする
透明性確保義務
- 例1:アプリ審査の基準や処理期間が公表されず、事業者が計画を立てられない
- 例2:アルゴリズムの仕様を開示せず、結果的に自社サービスが有利になる仕組みを維持する
正当化事由
セキュリティやプライバシー保護、違法コンテンツ対策のための制限は一定条件下で許容されます。
つまり「すべて自由化」ではなく、安全性確保のための必要最小限の制限は認められる点が重要です。
ポイント 6. 罰則と執行メカニズム
法律は、違反に対して以下の制裁措置を規定しています。
- 報告義務:JFTCの求めに応じて事業活動の情報を提供
- 立入検査・調査:必要に応じて実施
- 命令:違反行為の是正命令
- 課徴金:違反行為により得た関連売上額の最大20%相当の納付命令
この課徴金率は独占禁止法よりも高く設定される場合があり、事業者にとって極めて大きな経済的インパクトがあります。
ポイント 7. 開発者への影響と実務対応
アプリ開発者やサービス提供者は、この法律で新しい市場機会とリスクの両方に直面します。
- 代替アプリストア経由での配布が可能になるかもしれない
- 代替決済を選べることで手数料が下がる可能性
- 一方で、複数の配布経路・決済経路を管理するセキュリティ負担が増加
- 新たな契約条件や審査基準に対応する必要
開発者は今のうちから利用規約・課金設計・セキュリティ体制の見直しを始めるべきです。
8. 企業側の実務チェックリスト
指定事業者になる可能性がある企業は、以下を準備する必要があります。
- 法令遵守フローと内部監査体制の整備
- APIやインターフェースの公開計画の策定
- 審査基準やアルゴリズムの透明化
- セキュリティ基準・理由の文書化
- コンプライアンス窓口の設置
9. 消費者にとってのメリットとリスク
メリット
- アプリや決済方法の選択肢が増える
- 手数料引き下げによる価格低下の期待
- サービス間の競争による品質向上
リスク
- セキュリティリスクの増大(悪意あるアプリ流通の可能性)
- 利用者が安全な選択をしにくくなる恐れ
このため、ガイドラインではセキュリティを理由とする制限の具体例を示しています。
10. Q&A
Q. iPhoneはどう変わる?
A. 代替アプリストアや決済方法が利用可能になる可能性がありますが、Appleがセキュリティ基準を理由に制限する場合もありえます。
Q. 一般ユーザーは関係ある?
A. 間接的に料金や選択肢に影響します。
特にゲームやサブスクサービスで変化が大きい可能性があります。
11. まとめと今後の注目ポイント
7つのポイント再掲
- 背景:寡占是正と消費者選択肢の拡大
- 名称・施行日:令和6年法律第58号、施行は2025年12月18日
- 対象範囲:OS、アプリストア、ブラウザ、検索エンジン
- 指定事業者:市場規模・影響力でJFTCが指定(DMA指定例:Google、Apple、Meta、Amazon、Microsoft、ByteDance)
- 禁止事項:自社優遇、代替ストア阻害、決済制限など
- 罰則:最大20%課徴金、是正命令
- 影響と対応:開発者・企業は早期準備、消費者は選択肢とリスクを理解
今後の注目ポイントと具体的アクション
開発者向け
- 代替アプリストアの登場や外部決済解禁に備え、複数の配信経路や課金モデルを検討開始
- OSやストア依存度を下げるため、PWA(Progressive Web Apps)やクロスプラットフォーム対応を強化
- セキュリティ審査やアップデート配信フローを多チャネル向けに再設計
企業向け(指定事業者に該当しそうな場合)
- 法令遵守のためのコンプライアンス部門強化
- アルゴリズムや審査基準の透明化方針策定
- 海外のDMA対応状況を分析し、日本版への適用を想定した試験運用開始
消費者向け
- 施行後は、利用するアプリの提供元や決済方法の選択肢に注目
- 代替アプリや外部決済で、より安価・利便性の高い選択肢が出てくる可能性あり
- 一方で、セキュリティリスクも高まるため、信頼できる配布元・決済方法を選ぶことが重要
引用・出典
スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律(令和6年法律第58号)
「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律」に関する有識者会議の開催について
デジタル市場法(Digital Markets Act)
※本記事では、欧州委員会が公表している情報を参考にしています。