第1章:なぜ今「パスワード」から「パスキー」なのか?
パスワードの限界と問題点
長年、私たちはインターネットの世界で「パスワード」に頼ってきました。SNS、ネットバンキング、ショッピングサイト……。
どのサービスもまずは「IDとパスワード」が入り口です。
でも、ここに大きな落とし穴があります。
- 「123456」や「password」といった簡単すぎるパスワードの使用
- 複数のサービスで同じパスワードを使い回す習慣
- メモ帳や紙にパスワードを書いて放置する習性
こうした人間的な弱さを突いてくるのが、「インフォスティーラー」と呼ばれるマルウェアです。
インフォスティーラーの恐怖とは?
インフォスティーラー(情報窃取型マルウェア)は、私たちのPCやスマホに忍び込み、保存されたログイン情報やクレジットカード番号、ブラウザに記録された自動入力情報などを密かに盗み出します。
たとえば、次のような形で侵入します。
- フィッシングメールのリンクをクリック
- 無料ソフトに偽装されたウイルスをダウンロード
- 海賊版サイトや違法動画サイトの広告クリック
そして一度侵入されると、ChromeやEdgeなどのブラウザに保存していた「パスワード一覧」すら根こそぎ盗まれるのです。
盗まれた情報はダークウェブで売買され、なりすまし被害や不正送金につながります。
これが、「パスワードという仕組みそのものの限界」なのです。
パスキーの登場とその背景
そこで登場したのが、「パスキー(passkey)」という新しい認証の仕組みです。
パスキーは、パスワードを完全になくすことを目的に、FIDOアライアンスという業界団体(Google、Apple、Microsoftなどが参加)が主導して開発した技術です。
パスキーの特徴
- デバイスごとの公開鍵・秘密鍵を利用
- 生体認証(顔・指紋)やPINコードでログイン
- 盗まれても再利用できない(秘密鍵は外部に漏れない)
つまり、インフォスティーラーが入り込んでも、盗めるパスワード自体が存在しないのです。
第2章:パスキーとは何か?【初心者にもわかる解説】
パスキーの仕組みをかんたんに説明
パスキーは「公開鍵暗号方式」と呼ばれる技術に基づいています。
難しいことは抜きにすると、パスキーは以下の2つをセットで使います。
- 秘密鍵(ひみつかぎ):スマホやPCの中にしか存在しない、超大事なカギ
(例:iPhoneのSecure Enclave、AndroidのTrustZone、WindowsのTPMといった安全な領域に保存されます) - 公開鍵(こうかいかぎ):ログイン先のサービス側に渡されるカギ
ログインするとき、サービス側はあなたのデバイスに「この公開鍵に合う秘密鍵を持ってる?」と確認してきます。
デバイスがそれに正しく答えられたら、ログイン成功です。
ポイントは、秘密鍵が外に出ることがないということ。
つまり、仮に誰かが通信を盗み見しても、秘密鍵には絶対にアクセスできません。
スマホやPCの認証とどう違う?
パスキーは、スマホやPCの「顔認証」「指紋認証」「PINコード」と連携します。
このとき使われるのが、スマホのロック解除と同じ仕組みなのでとても安全です。
例えば
- iPhoneの場合 → Face ID や Touch ID で本人確認
- Android端末 → 指紋認証や画面ロックPINで確認
このように、パスキーは「生体情報 × 鍵管理」の組み合わせで、安全性を何重にも高めています。
パスキーのメリットまとめ
メリット | 内容 |
---|---|
セキュリティ強化 | パスワードが存在しないので、盗まれるリスクが大幅に減少 |
利便性向上 | 入力が不要、スマホのロック解除だけでログイン完了 |
多要素認証不要 | パスキー自体が多要素認証の性質を持っている |
第3章:実際にパスワードからパスキーに移行する方法
パスキーの魅力がわかったところで、ここからは実践編です。
パスキーは、Google、Apple、Microsoftといった大手企業が推進する業界標準の新しい認証技術です。
お使いのスマートフォンやパソコン(MacやiPhoneを含む)で作成でき、多くの場合、AppleのiCloudキーチェーンやGoogleパスワードマネージャーなどに安全に保存・同期されます。
この章では、初心者の方でも迷わず設定できるよう、最も利用者が多くパスキーの導入が進んでいるGoogleアカウントを例に、スマートフォンやPCでのパスキーの設定方法を具体的に解説します。
この基本的な流れを理解すれば、他のパスキー対応サービスでもスムーズに設定を進めることができます。
ステップ①:必要なものを確認しよう
まず、パスキーを使うために必要なものは以下の通りです:
- パスキー対応の端末
- iPhone(iOS 16以上)
- Android(Android 9以上)
- Face ID / Touch ID / 指紋認証 / PINコードなどの生体認証設定済み
- Google Chrome、Safari、Edgeなどの最新ブラウザ
- パスキー対応のウェブサイトまたはサービス
これらが揃っていれば、パスキーの世界にすぐに飛び込めます。
ステップ②:Googleアカウントでパスキーを設定する
Googleは2023年から、完全にパスワードのいらないログインを実現しています。
ここではGoogleアカウントを使って、パスキーを実際に設定してみましょう。
📱 スマートフォンから設定する方法(iPhone / Android共通)
- スマホのブラウザで https://g.co/passkeys にアクセス
- Googleアカウントにログイン
- 「パスキーを作成」ボタンをタップ
- Face ID、Touch ID、指紋認証などで本人確認
- 「この端末にパスキーを作成しました」と表示されたら完了!
あとは、次回以降Googleのログインページにアクセスすると、自動で「この端末でログインしますか?」と表示されるようになります。
💻 パソコンで設定する方法(Windows / Mac)
- Chrome や Edge で https://g.co/passkeys を開く
- Googleアカウントにログイン
- スマホと同様に「パスキーを作成」をクリック
- スマホが近くにある場合、スマホの生体認証で認証するよう促される
- パソコンに保存するか、スマホを認証デバイスとして使うか選べます。
Macの場合、作成されたGoogleアカウント用のパスキーは、通常iCloudキーチェーンに保存され、お使いのAppleデバイス間で同期されます。
Windowsの場合も同様に、Windows HelloやGoogleパスワードマネージャーに保存されます。
これで、PCでもパスキーでのログインができるようになります。
ステップ③:他のサービスでもパスキーを使ってみよう
現在、パスキーに対応している主なサービスには以下のようなものがあります(2025年7月時点)
- Apple ID
- Microsoft アカウント
- Amazon(一部国)
- PayPal
- Dropbox
- TikTok
- GitHub
- Passkeys.io(テスト用サイト)
サービスごとに設定方法は異なりますが、基本的にはログイン後「セキュリティ」→「ログイン方法」から「パスキーを追加」する流れになります。
サイトがパスキーに対応していない場合は?
まだすべてのサイトがパスキーに対応しているわけではありません。
その場合は以下のような方法をおすすめします。
- 強力なパスワードを生成・保存してくれるパスワードマネージャーを使用(例:1Password、Bitwarden、Apple純正キーチェーンなど)
- 2段階認証(2FA)を有効化する
ただし、将来的にはほとんどの主要サービスがパスキーに対応すると予想されています。
第4章:パスキーを使う上での注意点と落とし穴
パスキーは便利で安全な認証手段ですが、「完璧」ではありません。
導入前に知っておきたい注意点や、よくある落とし穴をまとめました。
注意点①:デバイスを紛失したら?
パスキーはデバイスに保存されるため、そのスマホやPCを紛失した場合、ログインできなくなる可能性があります。
対処法
- 複数のデバイスでパスキーを登録しておく(例:スマホ+PC)
- クラウドに自動同期される設定にしておく(例:iCloud、Googleアカウント)
- あらかじめリカバリー手段(バックアップコードなど)を確保しておく
注意点②:共有端末での利用に注意
パスキーはそのデバイスに保存されるため、家族で共有するPCやタブレットなどに登録してしまうと、他の人が自分のアカウントにアクセスできる可能性があります。
対処法
- 自分専用の端末でのみ使用する
- 共有端末では「パスキーの作成をキャンセル」する
- 使用後は「パスキーを削除」しておく
注意点③:非対応のサービスとの併用
現時点で、すべてのサービスがパスキーに対応しているわけではありません。
そのため、パスキーとパスワードの併用期間がどうしても発生します。
対処法
- パスキー対応サイトでは優先的に使う
- パスワードの使い回しをやめる
- パスワード管理アプリで安全に管理
パスキー導入をためらう人に伝えたいこと
「まだ使えるパスワードをわざわざ変える必要ある?」
そう感じる人もいるかもしれません。
しかし、現実は私たちが想像するよりもずっと深刻です。
例えば、Verizonの「2024 Data Breach Investigations Report」によると、2023年には米国だけで年間5,212件ものデータ漏洩が発生しています。
その多くが、弱いパスワードの使い回しや認証情報の窃取によるものでした(Verizon DBIR 2024)。
さらに、DemandSageの2025年調査では、企業のデータ侵害のうち81%がパスワードの不備に起因していたことが報告されています。
日本国内でも同様です。
JPCERT/CC(Japan Computer Emergency Response Team Coordination Center)の2024年第4四半期報告によれば、四半期あたり10,000件以上のインシデントが報告されており、その80%以上がフィッシング詐欺やマルウェアによるパスワード窃取が原因となっています(JPCERT/CC 2024Q4レポート)。
これらの数字は、単なる警鐘ではありません。
今すぐにパスワードから卒業する必要があることを示す確かな根拠です。
第5章:パスキーの未来と今すぐ始めるべき理由
パスキーは「一部の人だけの技術」ではない
かつて、指紋認証や顔認証は「ハイテクなスマホを持っている人限定」の機能でした。
しかし今では、ほとんどのスマートフォンに生体認証機能が搭載されています。
それと同じように、パスキーもごく自然に日常に溶け込む存在になろうとしています。
Apple、Google、MicrosoftといったITの巨人たちが標準機能としてサポートしていることからもわかる通り、これは一過性の流行ではありません。
今後10年のセキュリティの基盤になるのが「パスキー」なのです。
今後、対応が広がるサービスの例(予測)
2025年時点で、すでに多くの主要サービスがパスキーに対応していますが、今後さらに広がることが確実視されています。
サービス | パスキー対応の見込み | 補足 |
---|---|---|
銀行・証券 | ◎ | ネットバンキングの安全性向上に不可欠 |
ショッピングサイト | ◎ | Amazon以外にも楽天やYahoo!にも波及か |
行政サービス(マイナポータルなど) | ◯ | 公的認証との連携が進行中 |
教育機関・eラーニング | △ | アカウント管理の簡素化に寄与 |
中小企業向けSaaS | ◯ | クラウド業務アプリでも導入進む |
これからは「対応していないサービスの方が珍しい」という時代がやってくるでしょう。
今すぐ始めるべき3つの理由
- セキュリティ強化がすぐに実現できる
→ 上記の統計が示す通り、8割以上の情報漏洩がパスワードに起因しており、パスキーへの移行は即効性のある予防策になります。 - 無料で誰でも始められる
→ パスキーはAppleやGoogleのエコシステム内で無料で使え、追加ソフトや知識も不要です。 - 将来的に「持っていないと困る」時代が来る
→ 各国政府・金融機関・主要プラットフォームが続々とパスキーへ移行しており、今のうちに対応しておくことで、「対応遅れ」や「乗り遅れリスク」を避けられます。
🔗 出典一覧(参考リンク)
今こそ「攻めのセキュリティ」を
セキュリティは「守る」ものと思われがちですが、実は積極的に取り入れることで、生活全体が快適になります。
- パスワードを覚えなくていい
- フィッシング詐欺の心配がない
- スマホひとつでログイン完了
これは単なる便利さの話ではありません。
「自分を守る力を、自分の手に取り戻す」という選択です。
🗂 今後、対応が広がるサービスの具体例【2025年版】
分類 | サービス名(具体例) | ステータス | コメント |
---|---|---|---|
銀行・証券 | 三菱UFJ銀行、みずほ銀行、三井住友銀行 | 導入済み | 各行が2024年以降、FIDO2および生体認証ベースのパスキー導入を開始済み(参考:各社公式サイト) |
証券会社 | 楽天証券、SBI証券、松井証券 | 導入済み〜見込み | 楽天証券は生体認証対応アプリを展開中。他社もパスキー導入計画を公表(参考:日経XTECH) |
ECサイト(国内) | メルカリ、楽天市場、Yahoo!ショッピング | 導入済み〜見込み | メルカリは2023年からパスキー対応。楽天・Yahoo!も順次対応範囲を拡大中 |
ECサイト(海外) | Amazon(US)、PayPal | 導入済み(一部地域) | PayPalは米国で2022年に導入、Amazonは段階的にパスキー対応を進行中 |
通信・IDサービス | dアカウント、au ID、Yahoo! JAPAN ID | 導入済み〜見込み | Yahoo! JAPANはパスキー実装済み。NTTドコモやKDDIもセキュリティ強化の一環としてパスキー化が期待される |
クラウド/SaaS系 | Microsoftアカウント、Googleアカウント、Apple ID | 導入済み | パスキーの主要プラットフォーム。既に対応済で利用可能(g.co/passkeys など) |
行政・公共サービス | マイナポータル、e-Tax、自治体オンライン手続き | 導入見込み〜検討中 | 政府の「デジタル田園都市国家構想」により、2025〜2026年にかけて段階的導入の可能性がある(参考:デジタル庁) |
暗号資産・FinTech | コインチェック、bitFlyer、Revolut、PayPay銀行 | 検討中・可能性あり | 高セキュリティが求められる分野。一部FinTech系サービスはパスキー互換機能をテスト中 |
💡 補足ポイント
- 導入済み:公式にパスキー、FIDO2、生体認証を使ったログインが有効化されているサービス。
- 導入見込み:パスキーの導入が公式発表または報道されているが、全ユーザーへの展開は未完了。
- 検討中・可能性あり:具体的な導入発表はないが、業界の流れや既存の認証方式から高確率で導入されると予想される。
まとめ:パスキーはこれからの時代の“当たり前”
パスキーは、パスワードに代わる“次世代の鍵”です。
✅ パスワードの使い回しや流出リスクからの脱却
✅ インフォスティーラーやマルウェアへの強力な防御手段
✅ スマホやPCだけで簡単に導入可能
✅ 今後ほぼすべての主要サービスが採用予定
まだ対応していないサイトがある今だからこそ、早めに行動しておくことで、未来のセキュリティトレンドに乗り遅れることなく、安心・快適なデジタルライフを手に入れることができます。
🟢 今すぐやるべきことチェックリスト
✅ チェック項目 | 内容(やるべきこと) |
---|---|
☐ 生体認証の設定 | スマホ・PCの生体認証(顔認証・指紋認証・PINコード)をオンにする |
☐ https://g.co/passkeys にアクセス | https://g.co/passkeys にアクセスして、パスキーを作成する |
☐ 対応サービスで設定 | GoogleやAppleなどの対応サービスでパスキーの設定を進める |
☐ 非対応サイトへの対処 | パスキー非対応サイトでは強力なパスワードを使い、パスワードマネージャーで管理する |
☐ 家族・同僚にも共有 | 家族や同僚にもパスキーの安全性と便利さを教える |
あなたの未来のデジタル生活は、今日この瞬間の一歩で大きく変わります。
「パスワードのない世界」へ、ようこそ。